DuoとSoloのリーグを作ろうとしています

DuoとSoloのリーグを作ろうとしています

タイトルの通り、今PUBGのDuoとSoloのリーグを作ろうとしています。

 

なぜか。

 

私にとってではなくて、私たちにとってコミュニティとプロシーンがまざり合うようなもの必要だからです。

私は変えようとしているのではなく、付け加えようとしています。

 

ええ、確かにこういうのがなくても人々は生きていけると思います。

でも少しだけ考えてみてください。

 

私たちの好きなPUBGっていうゲームを楽しんでいる人たちのことを。

一生懸命PUBGをやっている人を。それを応援しているひとのことを。

 

 

2017年に登場したPUBGは瞬く間に日本の沢山の人に愛されました。

プレーをするのも楽しいし、観戦するのも楽しい過去に類を見ないほどアクセスされ今でも世界中にたくさんのファンがいます。

 

PUBGはオワコン。こういう声を何度もはじき返してきました。

今もまた多くの聴衆を沸かせているのです。

バトロワ系はその後沢山出てきましたが、PUBGはe-sportsシーンで今も大きな注目を集める存在に変わりはありません。

 

PUBGのためにゲーミングPCを買った人はたくさんいるでしょう。

今でもたくさん売れています。

日本でもコミュニティは少しづつ大きくなり、コアな確固たるファン層がすでにいます。

 

 

私たちはオンラインゲームをしています。

オンラインゲームは人と人とを網の目のように結ぶゲームです。

 

 

人のつながり無くしては楽しめないし発展できないゲームです。

これをひとつに表現したものがゲームコミュニティだと思っています。

 

この中心は何か。

 

プロゲーマー?

企業?

 

もしかしたらそうかもしれませんが、わたしはちょっと違う見方をしています。

 

 

私たちプレーをする人々の存在とその結びつきこそが中心だと思います。

これはきれいごとを言っているのではなく事実です。

 

 

ゲーム会社は私たちプレイヤーに買ってもらって続けてプレーしてもらう事で収益を上げ続けています。

今のゲームは一度売ったらそれだけじゃなく、努力し続ける限り関係がけっこう続きます。

私たちがゲームを愛し続ける限り様々な利益をゲーム会社は上げることができるのです。

 

プロは企業のスポンサーがついて初めて成り立つものが多いでしょう。

 

この企業の顧客は私たちユーザーでありプレイヤーです。

デバイスを買うのは一般ユーザーです。

Mass(集団)の購買力は一部のお金持ちや企業の一時期のまとまった購入よりより継続的でより巨大です。

 

巨大な企業資本でさえも多くの人々の支持があって成り立つわけです。

 

単純な金額が同じなら、多くの人が関わって成り立つほうが社会的にも経済学的にも有益になります。

よりお金や人のつながりが回り膨らんでいくからです。

 

人々が熱烈に支持するところに豊かさが生まれます。これは単純な資産の話だけでなく精神的なこともそうです。

むしろ後者のほうが前者を左右します。

 

人の心のパワーは偉大です。

 

情熱から世界がうまれ社会が動き、今と未来が形成されます。

 

 

プロゲーマーもユーザーです。技量や熱量や形は違えど私たちと同じです。仲間です。

全てはわたしたちがゲームをするところから始まるのです。

そして私たちがどうゲームと関わっていくかが大事になってきます。

 

わたしは全てを犠牲にして気合い入れて真剣にゲームに人生を捧げてくださいと言っているわけではなく、

みんなで少しづつの力を合わせてみんなのやりたいことを作り上げていきませんかという提案をしています。

 

実際それほど難しいことではないのです。

 

なぜリーグが最初か説明します。

競技シーンが定期的に機能すれば選手が育ちます。

 

 

スポーツにせよ仕事にせよ、技能の高い人たちの存在は世界を豊かにします。

「へえ、こんなカッコいいプレーできるんなら僕もこのゲームやってみようかな」

こういう土壌や目標があることは非常に大切です。

 

わたしはチャリティーではこういうのは成り立たないと思います。

投資とチャリティーは紙一重ですが全く違います。

お金のある人が何も求めず保護すればその間はなんでも成り立つでしょう。

 

しかしながらこれは慈善事業です。

これはゲームが現実社会で成り立っているから起きている現象ではありません。

この慈善家の気持ちが存続している期間に存在している夏休みのようなものです。

夏休みが終わって現実に戻る日がかなり早い時期に来ます。

 

この休暇に染まってしまったら、今度は冬休みを探して次は春休みを求めます。

いつかなんで学校に行ってたのか思い出せなくなるでしょう。

ついには勉強することをしなくなるでしょう。

 

 

世の中はサービスや商品、良質なコンテンツがあって、そこに対価を払う人との関係があって初めて仕事として機能します。

こうなって初めて生活の質の向上が両方に望めます。

こうなって初めて生活の一部になることができます。

 

停滞や維持ではなく、刺激と成長が見込めるからです。

 

良い試合だった。今のはすごいプレーだった。

面白かった。また見たい。

 

こういう感情は日常を豊かにします。

 

こういうプレーは数多くありますし、本来ならばもっと称賛されるべき人たちやプレーが沢山あります。

もっと成長していくべき人やコンテンツがあります。

こういう個人が育ったり出てきたりする場所と成熟した文化が必要だと思います。

 

わたしは組織を作りたいのではなく文化を作りたいのです。

 

 

テレビよりもPUBG観戦を好んでする人もたくさんいるでしょう。

 

今PUBGのメインストリームは4人一組のスクアッドです。

 

これを主催する団体はいくつもあり、PJSという大きな舞台を目指してがんばっています。

わたしはこれはこれですごく良いことだと思いますし、これからも応援したいと思います。

 

 

しかし、競技者個人としてもっと焦点があたるようなものがあっても良いと思うのです。

個人として照明がもっと当たればそれがチームやスクアッドにもつながってきます。

自分をアピールする材料にもなりますし、そこで様々なものが回ればより安定して活動することができます。

 

一人のプレイヤーとして確立され自立し、継続して支持されてこそ初めてプロと自信をもって名乗れると思うのです。

 

大きな組織に入ったり支援されないと何もできないと思う事も減ってくるでしょう。

むしろ組織のなかでより健全な関係と利益を組織にもたらすことができると思います。

 

会社の中の自立した社員が会社にとっては優秀な欠かせない存在になっていくのと同じです。

これは相反関係ではなくお互いにとって良いことです。

社長意識を持った社員ほどできる社員はいないからです。

 

これはプロチーム組織にも言えることだからです。

 

宣伝効果によってのみ成り立つのではなく、結果によってプロが成り立つのが他のスポーツや興行でも基本です。

勝利を追い求めより良い試合を提供することが宣伝や収益につながりその後の発展に寄与します。

内容や過程も非常に大事です。

 

そういうのは人々の心を打つからです。

そしてそれは現実のものだからです。

 

勝利者に正当な評価と報酬が与えられる環境を作るためにわたしは動きます。

優れた選手、将来性のある選手は今すでにたくさんいます。

 

え、日本は世界に通じない?

世界は強いから無理だよ。そう思いました?

 

少し考えてみてください。

野球もサッカーも格ゲーもコミュニティが大きくなりその中から世界に通じる選手が出てきました。

みんなで作り上げた歴史の中の結晶なのです。

 

もちろん見る側が心に何も感じないようなものならば正当な報酬は得られないでしょう。

何となく報酬を上げるのは慈善事業です。

 

しかしながら、それとは逆のしっかりとした競技シーンができることはとても有意義なことでしょう。

一般ユーザーにも技術的な面やエンターテイメント的な面としてもかなり貢献できます。

 

まずは現在の環境と一番親和性のあるDUOの実力性リーグを作ります。

さらにソロのリーグも作ります。

 

しっかり個人が応援してもらえるようにシステムを作り、参加者には配信もしてもらいます。

少なくとも月に2回以上は開催したいと思っています。

 

私は石油王ではありませんが、そういう理由ではなく一部の主催が高額報酬を用意してもプロシーンはいいですがコミュニティとしては何の解決にもならないとも思っています。

多くの人から支持されたという事が重要で単純な大きな額に意味はありません。

熱烈な支持には意味がありますが、盲目的な消費では芯をつかないままで終わります。

 

少し前にも言いましたが、豊かさは多くの支持を得られてはじめて成り立ちます。

支持にも熱量がなくてはいけないでしょう。

これはどの仕事にも共通します。

 

友達がやってるからと言ってあまり美味しくないお店に無理して通っても誰にも良いことはありません。

 

もし素晴らしいプレーした選手だと思った方がいたら、100円でも構いません。結果を出した人に成果を示してあげてほしいのです。

そこまでには値しないと思ったら無理に出す必要はありません。

結果と内容がしっかり反映されるべきです。

 

 

その人が多くの人から正当に評価されれば色んな事が成り立ちます。

ダメならダメでいいのです。

わかる形での評価が大事です。

 

多くの人から称賛や成果報酬が得られればその人が社会人としてなりたちます。

いくら勝ってもマナーの悪い人や人の気持ちの分からない人はこの限りではないし、もちろん内容も問われます。

そして自分のしたことがこんなにも喜んでもらえるのかと自信もつきます。

 

気持ちだけでも言葉だけでも構いません。

素晴らしい試合だった。よくやった。

 

有名無名に限らずそういう言葉は必要ですし、その舞台は必要です。

もっと選手が直接的に評価され活動する舞台がいると思います。

そして選手が技術磨きと社会人としても磨かれる土壌や文化が必要です。

 

わたしがやろうとしていることはこういうことです。

わたしは始めようとしているだけで、実際にはわたしたちで作っていかなといけないものです。

 

文化はみんなの協力で出来上がっていくものだと思います。

もちろん今既に多くの人たちのおかげでよい文化ができつつあります。

先人たちの努力の結果です。

それに足せるだけの価値のあるものを一緒に作り上げていければいいなと思っています。

わたしはやるつもりです。